1月上旬の閑話


[TAKESIの部屋] [旬の話題] [仙台方言あそび] [閑話365日


1月4日(木)仕事始め

官公庁や一般の事業所は今日から仕事を始める。とは言っても新年の挨拶回りと乾杯で午前中で引き上げるところも多いようである。本格的始動は明日からになるのだろう。さて今年はどんな一年になるのだろうか。旧年は地震や洪水などの自然災害が多い年だった。仙台では梅雨明けなしで36日も降り続いた夏の長雨が忘れられない。

国際的にはアジアの緊張が高まった年だった。北朝鮮の「小さなロケットマン」が相次いでロケットを打ち上げ、最後には大陸間弾道弾とみられるものまで打ち上げて、アメリカに対等に対抗できるようになったと豪語した。これに対してアメリカはアジア海域に展開している空母を朝鮮半島に近い海域に移動して韓国とともに北朝鮮に圧力を加えた。日本もアメリカにおんぶばかりしていられないと自前で迎撃ミサイルの配備を準備している。

アメリカのトランプ大統領がイスラエルの大使館をテルアビブからエルサレムに移すと突然言い出しアラブ諸国の反発を買っている。イランでは最高指導者ハメネイ師のやり方が独裁的だと批判が高まり、デモが繰り返されている。スペインのバルセロナを州都とするカタル―ニア地方もスペインから独立するか否かの投票で独立派が勝利し、中央政府が沈静化に躍起となっている。このように国際情勢も目を離せない緊張感に溢れている。

願わくば新しい一年は国の内外を問わず波風穏やに平穏に推移するように願っているが果たしてどうなることやら。


1月5日(金)寒の入り

「寒の入り」である。今日の仙台は比較的暖かいけれども、暦の上では一年中で最も寒さが厳しい時期が始まる。寒には「小寒」と「大寒」があって「立春」の前日までの1か月を「寒中」と言う。寒さに負けまいと「寒稽古」や「寒中水泳」などが行われる。

中学生のころ体育館で行われた剣道の寒稽古で、冷たい板張りの床で足裏がしびれた感覚を今でも覚えている。気合を入れて竹刀(しない)を振るっているうちに、体も足も温まり、やがて体中が火照って来る。遠い昔のことだが、あの快感が汗の匂いとともに蘇ってくる。

道場に通っている子どもは別にして今の子どもの大多数は、あの素足の冷たさを知らずに育っているのではないか。家の中も学校も今は温かい。給食だって温かいものが食べられる。幸せなことではあるが、ぬくぬくとした環境で育つことが、果たしていい事なのだろうかと考えてしまう。

子どものころの習慣が尾を引いているのだろうか、小生は真冬でも素足で過ごしている。家の中でも板張りの廊下や階段は冷たい。しかし、その冷たさが良い刺激になっているのではなかろうか。足の裏がびっくりするだけで心臓麻痺を起こす心配はないだろう。ゴミ出しに行くのも素足にサンダルである。面の皮と同じで常時外気に曝していれば温度変化にも対応できるようになるようだ。


1月6日(土)犬食文化

人間には犬派と猫派がいる。犬はとことん主人に忠実で従順であるが、猫は都合のいいときだけ主人にすり寄って甘えるくせに、独立心が強く勝手に出歩く。その性格の違いが人間を犬派と猫派に分けるのだろう。。小生は犬も猫も飼ったことがないからはっきりしたことは言えないけれども、どちらか選べと言われたら躊躇なく犬を選ぶ。

なぜかと言うと犬の方が人間に寄り添う姿勢が強く。人間の気持ちを察する能力に優れているような気がするからだ。犬に比べると猫はどこか冷たく白けた感じがする。猫派の人にはそんなことはないと反論されそうだが、「忠犬ハチ公」はいても「忠猫〇〇」はいない。猫派の人は人間べったりでないところが好きなのかもしれない。

古くから犬は人間の友達だった。特に牧畜の盛んな地域では犬なしでは生業そのものが成り立たなかったから、牧羊犬は友達以上のパートナーである。その一方で「犬食文化」も存在する。中国、朝鮮半島、東南アジア、ハワイ、ポリネシア、オセアニアなどの島嶼では今でも犬食文化が存在する。日本もかつてはそうだった。

古代中国では犬食が普通に行われていた。「羊頭狗肉」とか「絞兎死して走狗烹らる」などの諺が生まれたのも犬食が盛んに行われていた証である。上海や広西チワン族自治区などでは現在でも解体した骨付き犬肉が市販されていると言う。


1月7日(日)七草粥

今朝は「七草粥」を食べる習わしだったのをストンと忘れてしまった。昼に食べようと思う。正月で食べ過ぎ気味の胃や腸を休めようと言う意味合いもある習わしなのだろう。おそらくこれも中国から伝えられた行事ではなかろうか。

そう思って調べてみると七草粥は日中合作であることが分かった。日本には雪の間から芽を出したばかりの若菜を摘んで食べる習慣があった。一方中国では唐の時代に正月7日を「人日」と言い七種類の野菜を入れた汁物を食べて無病息災を祈る習慣があった。この両者が交わって日本固有の七草粥が始まったと考えられている。

七種にはそれぞれの役割がある。最初の芹(せり)には解熱効果や整腸作用があると言われ利尿作用や血圧降下作用もある薬草なのだ。薺(なずな)はペンペングサのことだが、利尿作用やむくみに効くと言う。三番目の御形(ごぎょう)はハハコグサで痰や咳に効果がある。繁縷(はこべら)は普通ハコベと呼ばれ昔から腹痛薬として用いられてきた。仏の座(ほとけのざ)はコオニタビラコのことで健胃、胃炎、歯槽膿漏に効くとされる。菘(すずな)はカブのことで胃腸を整え消夏を促進する。最後の蘿蔔(すずしろ)はダイコンのことで風邪予防や美肌効果があるとされる。

七種はスーパーに行けば簡単に手に入る。洗って細かく刻み塩少々を入れて残りご飯を加えてコトコト煮れば即席の七草粥ができる。


1月8日(月)鏡開き

そろそろ正月気分が抜ける頃である。しかし仙台では大崎八幡宮の「どんと祭」までは正月だと思っている人が年配者には多いのではなかろうか。境内に注連飾りを納めて盛大に燃やす行事で裸参りも行われる。夜空を焦がす火でからだを温めると、無病息災で過ごせると言い伝えられている。この日はお迎えした年神様がお帰りになる日でもある。

年神様は正月期間中鏡餅に宿ってお過ごしになる。正月に鏡餅を飾る習慣は室町時代以降のことだと言われている。神様が宿った鏡餅を粗末にしてはいけない。それを食べて健康を祈る風習が生まれたのは自然の成り行きだったのだろう。江戸時代初期には武家の間に広まり、やがて町人や農民も習うようになったと考えられる。

武家で始まった習慣だから鏡餅を刃物で切ることは切腹を連想させ縁起が悪い。そこで木槌や手で割るようになったが割ると言う言葉も敬遠されて、結局末広がりを意味する「開く」と言う表現が採用され「鏡開き」と言われるようになったのだと言う。


1月9日(火)「水菓子」

日本で冬によく食べられる果物はミカンとリンゴだろう。その中でもミカンはナイフも必要なく簡単に食べられる。小生が小学生のころ、つまり昭和10年代前半はミカンは木箱で売られていた。蓋が釘付けされていて、子どもの手では開けられない。父親か兄が釘抜きで開けてくれた。

温州ミカンが有名なので中国の温州が原産地化と思っていたら、実は日本の不知火海沿岸が原産地と推定されていると言う。季節は忘れたがトルコの地中海沿岸を旅したとき、ミカンを見つけて買ったら「Satsuma]という名だった。どんなルートでいつ頃伝わたのか分からないが、トルコでははるばる日本からやって来た珍しい果物だったのだろう。

ミカンの成分は大部分が水であるが人体に必要なビタミン類と繊維質を豊富に含んでいる。特にビタミンCの含有量が多く、Mサイズ2個で大人が1日に必要とする量を賄えると言う。ミカンを一度にたくさん食べると皮膚の色が黄色になることがある。それはミカンに含まれるカロテンのせいで人体に悪影響はない。食べる量を減らせば黄色は消える。

日本は果物が豊富な国であるが果物消費量は世界的にみると少ない。先進国の中では最低クラスである。果物は日本では「水菓子」と言われるようにお菓子やケーキと同様の嗜好品と考えられていることと関係があるようだ。野菜と同様の栄養食品と認識するようになれば、もっと消費が増えるような気がする。


1月10日(水)釜揚げウドン

汁物を頂くとき音を立てるのは不作法である。食事の作法としては理解できるけれども、音を立てないと食べ物本来の味がしないものもある。例えばとろろご飯。それを音を立てずに食べるのは難しい。とろろご飯はズルズルと啜り込むから旨いのである。

ソバもかけソバであれ、もりソバであれ辺りをはばかることなく音を立てて食べるものだと心得ている。粋がってソバツユをちょっぴりつけて食べたのでは、せっかくの旨いソバも台無しである。味が濃いソバツユの場合はどっぷり漬けたら塩辛いので気をつけよう。熱々のかけソバはソバを箸で摘まんで持ち上げ、空気に晒して火傷をしない程度に冷まして一気に啜り込むからこそ旨いのだ。

国それぞれの食事作法があるので一概には言えないけれども、欧米人には不作法を映るソバやウドンをすすって食べるやり方は日本食文化の一形態だから、堂々と音を立てて食べたらいい。

大阪勤務のとき週に一度は通った釜揚げウドン専門店があった。茹でたウドンを茹で汁と一緒に桶に入れ、猪口に入れたつゆとともに供される。薬味をつゆに入れ熱々のウドンを浸して食べるつけ麺の一種であるが、ウドン本来の味がしておいしかった。


inserted by FC2 system